んがお工房の桜めぐり


2011年福島の桜めぐり

2011年3月11日、予期しない大災害が東日本を襲った。大地震と大津波、さらに原子力発電所の事故。あまりにひどい災害だったので、春は来ないかもしれない、と思わせられるほどだった。
しかし、たくさんの命やたくさんの生活が失われても、春はちゃんとやって来た。
桜は、まったくお構いなしに咲いた。
今年は桜めぐりは無理かもしれない、と思っていたのだが、被災地となった福島県ではさまざまな風評被害を受けて観光客か激減しているという報道を聞き、避難場所となっている三春町にはお邪魔になってしまうかも、という考えを改めた。今年こそ、三春の桜を見に行こう。ちょっとでも福島県の復興の足しになろう。おこがましいが、そんな考えで私達は滝桜満開の情報が得られた日曜日に三春町に向かった。



八十内かもん桜
「やそうち」と読む。
樹齢約350年の枝垂桜。
国道から見える丘の公園の上に立っているので、
とてもよく目立つ。


こちらは、公園の入り口とは反対側から撮影。
午前中はこちらがわが陽が当たる。



一番最初に見上げる姿がこれ。
渋滞にハマらなければ見られない桜だ。



満開ほんのちょっと手前だった。


幹。ゴツゴツとした瘤が350年の威厳。


でも、意外に太くない。
福島の桜めぐり

2011年4月24日
実は、復興の一助になろう、などと格好をつけたことを言っているが、今年なら観光客も少なくて、きっと渋滞もほとんど無いだろう、というスケベ根性がおおいにあった。なにせ、三春の滝桜を見物するありとあらゆるバスツアーが中止されている。ツアー客のいない滝桜はきっと見るのも楽だろう。
ということで、いつもの出勤時間に自宅を出発。2時間後には船引三春インターを下りていた。
思惑どおり、高速道路は出口までまったく渋滞なし。
これならスイスイと滝桜に着ける、と思ったら、あらららら、国道を左に曲がったらいきなりストップした。
え、これ、滝桜の渋滞?
いつもなら芹ケ沢の枝垂桜を見るために国道からはずれた道を通るのだが、今日はきっと渋滞なんかしていないと国道から向かったのである。
失敗だった。
みっちりと自家用車が国道を埋めていた。
早い段階でターンして芹ケ沢から向かったらかなり時間を稼げたと思うのだが、なんとなく渋滞にハマりつづけてしまった。
と、30分もノロノロと走っていると、左手の丘の上に見事な桜の木が見えた。
手元の資料によると、八十内かもん桜らしい。
渋滞にハマっているのも飽きたし、よく見てみると、人が木のすぐそばまで行けるようだったので、ウインカーを左に上げて、道をそれた。
どこかに駐車場があるのかしらん、と思ったが、住宅の裏の細い道に路駐して桜に向かっているらしい。我々もそれに習った。
自動車が下りると、今桜を見て来たらしいご夫婦が滝桜に行ってきたのかと訊ねてきた。いや、これからだと答えると、自分たちも滝桜に来たのだが、あまりの渋滞に見ずに帰ろうと思っているという。いやいやいや、この程度の渋滞は例年の半分にもなっていないから、見て行った方が絶対にいいですよ、と力説してしまった。関東ナンバーだったのだが、さて、あのご夫婦はその後滝桜に行ったのやら。
桜の立っている丘は、公園になっている。三春藩の筆頭家老の下屋敷があった土地だと案内があった。
坂道を登って行くと、芝生の植えられた緑色の丘にふうわりとかもん桜は立っていた。青空にピンクの花々が実に綺麗に映えている。
  

  
桜の周りはロープで近づけないようにされていたが、ぐるりとほぼ一周できるようになっていた。
ただ、前日の雨で入り口から反対側の芝生でない部分はぐちょぐちょにぬかるんでいて、ちょっと歩きづらい状態ではあったが。その反対側のほうがこの時間は順光になるので、ぬかるみをものともせずに回りこんで撮影した。
滝桜の渋滞に比べたら見学者はチラホラといる程度で本当にもったいない感じだ。
満開一歩手前くらいの豊かな花を充分に堪能することができた。
  





三春滝桜
国の天然記念物。樹齢約千二百年の枝垂桜。
見事なまでの満開である。


雲ひとつない晴天。
後ろの土手の神社の桜も満開だ。


花びらの奥にねじれた幹が見える。


幹はとにかく太い。
千年以上の年月を生き延びた幹だ。


下に入り込んで、枝を見上げる。
桜の花のシャワーになる。


たくさんの支柱に支えられているのだが、
なぜか滝桜の場合はそれほど支柱が
気にならない桜だ。




こんなにびっしりと咲いていたのよ。
かもん桜から国道に戻ることをせずに、ナビを見て住宅街の細い道を走り、県道40号にショートカットして出た。ここから先はそれほど距離があった記憶が無いのだが、びっちりと動かないせいで、なんと45分かかって滝桜の駐車場に到着した。
途中、道路の広い場所にとめたり、ポケットパークにとめたりと徒歩で向かう選択をした人たちが歩きだしている。
だが、我々は滝桜を通り越して、向こう側の桜を見るつもりだったので、自動車を途中においていくわけにはいかない。じっと渋滞にハマり続けてた。
今年は大震災の影響で駅からのシャトルバスも出ない。そのために自家用車の数が多くなったのかもしれない。
ツアーバスが無いから渋滞は少ないと見た我々の目論見は見事にはずれたわけである。

そんなこんなで、午前11時を少し回ったあたりに駐車場に到着。いつもなら大型のバスが何十台もとまっている駐車スペースにも自家用車が入っている。
滝桜に向かう歩道の前には、震災のために観光客を充分にもてなすことができないお詫びとともに、三春町を応援してくれるようにと募金箱が設けられていた。
こんなことがなければ、この場所には滝桜のための協力金をあおぐ箱があるのだが、今年はその箱はない。
歩道のトンネルをくぐって、歩いて行くと、前に来た時にお土産を買った出店のある広場には本当に何もなかった。あれほど賑わっていたのに、なにもない広場を見ると、震災が現実のものとして迫って来るような気がした。
地元の人が農産物を売る姿はいくらかあったが、さくらソフトを売っている店もひとつきりだったし、本当に寂しい感じがした。
人の数も、自動車の数ほど驚くほどのものではなかった。やはりツアーの団体がいないと、人出は多くならないのだろうか。
滝桜の前に行ってみて、さらに、ああ少ないなぁと感じてしまった。押し合いへし合いしなくては見られなかった滝桜の前も実にゆったりとしているのである。
桜を見る分にはこれは有難いことだ。
しかも、滝桜、今まさに満開だった。
つぼみが一つもなく、散っていくはなびらも一つもない。みな、みごとに咲き誇っている。空は真っ青だし、週末にこんなにいい条件の滝桜さまに出会えることは滅多にないだろう。
桜は、本当に、大地が揺れても何があっても咲いて散ってを繰り返し、千二百年を生きてきたのだ。
しかし、一つだけ違う点があった。菜の花がない。
滝桜の周りには菜の花が植えられていて、黄色とピンクのコントラストを楽しめたはずなのだが。
今年は菜の花を植える時に大変なことがあって、そちらに手が回らなかったのだろうか。
実は菜の花のニオイが嫌いな私にとっては、ありがたいことではあったのだけれど。
ぐるりと滝桜の周りを一周して、ゆっくり満開を楽しんだ。

  
   混雑具合がわかる一枚。人がまばらに見えてしまう。

  
   いつもの年であれば、この場所も記念撮影する人で一杯なのに。

  
   駐車場にあったのと同じ募金箱が桜の前にもあった。我が家も微々たる募金をした。




大谷ツの紅枝垂桜
樹齢はわからない。
幹の細さからして、それほどの古木では
ないと思う。
惜しいかな、ほぼ蕊桜。


それでも咲いていた花がこれ。
満開時はさぞふくよかになるだろう。




足元には何やらの石碑。
特に墓守の桜というわけでもなかった。

さて、お昼もぼちぼち近くなってきた。
たしか、滝桜のそばにはダム公園があり、そこでおにぎりを食べられるだろう、と思っていた。が、どういうワケかそのダム公園を通り越してしまい、国道288号に出てしまった。あれれ。
ナビに次の桜の位置を入れて自動車を走らせたせいで、別の道を選択されてしまったらしい。
マズい。昼食難民になる。
バーナーでお湯を沸かしてカップラーメンを食べるつもりなので、滅多な場所ではお昼にできないのだ。
仕方がないので、とにかく次の桜に行くことにした。
今回はマイナーな桜ばかり狙っている。次の桜は大谷ツの紅枝垂桜だ。ナビの案内するままなんだかややこしい住宅街をチマチマと曲がりながら進んでいくと、ホントーに住宅の真ん中に放り出されてしまった。げげ、桜はどこ?
しかし、桜めぐりのいい所は、ピンク色の花をめざせばいいという所だ。途中に見事な桜のピンクを見ていたので、とにかくそこに戻ろう、ということになった。
岩江小学校の手前の坂の下に道に張り出してふんわりと枝垂れた桜の木がある。なんだか、ちょっとピンクが薄い気がするけど、手元のパンフレットの写真と枝ぶりがそっくりなので、あれこそ大谷ツの紅枝垂桜に間違いなかった。
特に駐車スペースなどはないので、とりあえず通行の邪魔にならない場所に路駐して、桜を見上げる。
あら、もう散りかけているのね。どうりでピンクが薄い気がしたワケだ。ほとんど蕊桜になっているのである。
  
我々は学校から奥の方に自動車をとめて見上げたので、ほぼ散ってしまった状態だったが、歩いて行って学校がわから見てみるとまだ花が残っていた。
北がわと南側の差かもしれない。
パンフレットによると、三春町でも早くに咲く桜だそうなので、まだ咲き残っていてくれたというのはむしろラッキーと思ったほうがよさそうだ。
観光桜というわけでもないので、早々に写真撮影だけして、次の桜に向かうことにした。





栃久保の種蒔き桜
樹齢は不明。
江戸彼岸桜。
枝っぷりがうねっていて
特徴的だ。


住宅から外れて坂から見下ろすと
こんな感じに見える。





見上げればピンクの空。


これが名碑と桜の位置関係。
名碑は本当に小さくて足元くらいしかない。
自動車だと見落としがちなので
注意が必要。
国道から「あぶく堂療術院」の看板のある
小さな道を入って行く。
桜は坂を登る方向だと
左側にある。



鳥居から見上げてみた。
ただし、鳥居はものすごく小さいので、
桜をさがす目印にはならない。




それにしても、昼食を食べる場所がない。いくらなんでも、住宅街では本当にバーナーで湯を沸かすような場所は皆無である。
とにかく、次の桜に行くまでにどこかいい公園でもあれば、と思いつつ、自動車を走らせた。
次の桜は栃久保の種まき桜である。
おおよその場所をいれたナビが案内したのは、なんだかまたしても細い道だった。
国道288号からいきなり本当に細い道に曲がり、山っぽい場所に入り込んだ。住宅街ではあるのだが、国道よりだいぶ山の上に来た感じだ。そしてまた、今度は畑のまんなかでここが目的地だと放りだされてしまった。おいおい〜っ、桜は〜!?
緯度経度で位置を入れているので、ちょっとでもズレると見事に目的をはずれる。特に山っぽい道となると、標高の差が出てくるのでナビの案内はあてにならなくなってしまう場合がある。
桜だもの、少し自動車を走らせてみれば見つかるだろう、と細い道に自動車を進めた。
  
道路わきに見事な桜があったりする。
ちょっと行くと水道施設らしいタンクが見えた。ああいう場所にはベンチか何かあって、昼食を食べられるかも、とそっちに向かって行ったら、ちょうどいいスペースではなかったが、その先に桜のピンク色が見えた。
おお、発見したぞ、あれこそ栃久保の種まき桜に違いない。
行ってみると、神社だった。
神社の前にスックと立っている見事な桜である。
しかし、待てよ、手持ちのパンフレットには、栃久保の種まき桜は、稲荷神社の裏の土手に生えている、と書かれている。
この神社、「沫蕩神社」とあって、間違っても稲荷神社ではない。
しかも、パンフレットの写真と見比べてみると、なんとなーく枝ぶりが違う。
綺麗な桜なんだが、こいつはどうやら違うぞ。
しかし、人通りの全くない神社は我々の昼食をとるには実にちょうどいい場所だった。お社に腰をかけて、のんびりゆったりカップラーメンを食べることができた。
    
  沫蕩神社の桜。これはこれで見事な桜だ。
腹も満たされ、さて、今度こそ種まき桜だ。
いったいどこに稲荷神社があるんだ。
と、沫蕩神社から坂をぐっと下った場所にもこんもりとした桜のピンクを発見。おお、あれだあれだ、あれに違いない。
喜んで行ってみたら、あれれ〜、これもなんだか違うぞ。神社らしい鳥居がなく、ほんの祠程度の神社らしかった。旗に「香澄神社」と書かれていたようだが、文字がかすんでいてよく分からない。
   香澄神社の桜。遠くから見るとふんわりと美しい。
沫蕩神社と香澄神社、ほんの100メートルくらいの間に鎮守の神様が綺麗な桜に守られている。いや、このごく近くに稲荷神社もあるはずなんだけど。
もう一度今度は緯度経度ではなく、栃久保という地名を入れてナビに案内させたら、またしても同じ行程の道を案内された。
だが、途中の畑の向こう側に桜発見。
神社はないけどな〜、と思っていたら、その桜の足元に実に小さな鳥居があった。
さらに、住宅と畑の間の細い道なのだが、その道沿いにしっかりと「栃久保の種まき桜」と名碑まであった。
さっき通った時に見落としてたよ〜っ。
ってか、稲荷神社に囚われてたよ〜っ。もっと立派な神社かと思っていたよ。しかも、鳥居、赤くないしさ。
道と鳥居の間に空き地があるのだが、鳥居に通じる道がないように見えた。実は住宅と空き地の間にあったのだが、それがわからずにとりあえずドカドカと空き地に踏み入り、鳥居に近づく。
いやぁ、ちっちゃな鳥居だなぁ。くぐろうとしたら頭ぶつけそうだなぁ。
ほとんど人が通ったらしい形跡がないので、鳥居をくぐってお社らしい建物まで行くのはやめて桜を見上げるだけにした。
それにしても、パンフレットには稲荷神社の裏の土手に咲くと書かれているのだけど、裏でもなければ土手でもない。まあ、畑や空き地よりはやや土手っぽい神社の盛り土の上には咲いているのだけど。
ただ、のどかなのは間違いのない桜で、周りの緑の中にはエンゴサクやイチゲの花が咲いていて、この桜の開花を見て農作業の時期を計ったのだとしたら頷けるなぁという感じだった。
我々が桜を撮影していると、別の自動車がやって来て、やっぱり探したらしくて、これがそうですか、とカメラを取り出していた。
私たちが探している時にカメラマンがいたら、見つけやすかったんだけどな。

次の桜に向かうために自動車に向かう途中(道が細いので、ちょっと先の広い場所に駐車したのだ)別の自動車が来て、「カタクリの群生地はどこですか」と訊ねてきた。我々が持っている「三春桜浪漫紀行」というパンフレットにこの近くにカタクリの群生地があると書いてあるのである。
栃久保の種まき桜を探すのにも苦労したのだ、カタクリの群生地まで探していられない。
「地元のものじゃないので分かりません」と答えた。
たぶん、あのパンフレットだけで探そうと思ったら無理だろうなぁ。畑仕事している人にでも聞いてください。

マイナーな桜ばっかり巡って、実は本当は雪村桜という桜も目当てだったのだが、それをすっかり忘れてしまった。
午後からの予定は滝を入れてあるので、そっちに気持ちが移ってしまったのだ。
桜探しを一つ終えてホッとしてしまった。あとで気がついて、この時満開だったはずの雪村桜を見逃して大失敗だったと歯噛みした。
まあ、桜は毎年確実に咲く。またいつか見に来よう。
今年の発見は福島には墓守桜も多いが、鎮守の桜も多いということ。
桜は、何があっても、神様や仏様と一緒に我々を見守っている。がんばる人たちをきっと見守って、ずっと咲き続ける。
そう思うとなんとなく安心できた。


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