
んがお工房の桜めぐり
2026群馬年桜追いC
| 4月も終盤になった。 そろそろ桜も散り果てる頃である。 しかし、北の地域や標高の高い地域ではまだまだこれからが見ごろの場所もあるし、桜の種類によっては開花がかなり遅いものもある。 ということで、4月はギリギリまで桜を追う我々だ。 ところで、本年は、どういうワケか群馬に偏った桜追いになった。 ならば、最初から最後まで群馬にこだわろう。 ということで、桜追いラストのこの日、選んだのは群馬県でも一番遅くに桜が開花する地域の一つであるみなかみ町の藤原地区に行くことに決めた。 |
オキノ桜 樹齢約100年のオオヤマザクラ。 青い空に濃いピンクの花が映える。 個人所有の桜で、 旅館を経営していたオキノさんが植えたらしい。4 裏にお堂がある。 反対側にまわると、お堂の屋根が赤いのが分かる。 花。 オオヤマザクラなので、赤い葉っぱも同時に出る。 満開でしたね。 幹。 いきなり根本から四方に枝分かれしている。 |
4月25日 せっかく群馬にこだわることを決めたのだから、先週咲いていなかった桜を見ておきましょう、とまず向かったのは片品村である。 あれだけ迷ったので、今回は迷わずにまっすぐにオキノ桜に向かうことができた。 ちなみに、一番大きな天王桜は先週満開の姿を見たので、今回はパス。 オキノ桜に行くのに一番いい目印は、「ハイジの里」だ。 温泉施設「花の湯館」を起点に、県道64号を川場方向(国道120号に向かうのとは反対方向)に向かって走ると、左側にハイジの里の絵看板が見える。ヨーゼフがハイジに飛びつくデザインだ。 その看板を通り越してすぐが下の写真の図。 トステムの看板のある白い家の向こう側の小路に入るとオキノ桜である。 赤い矢印のように右折。 かなり以前に来た時には、このあたりに臨時の駐車場なり案内看板なりがあったらしいのだが、今回はまったく案内もなかった。 そういえば、満開の時の天王桜にも特に出店や案内の人などもなかったし。 このあたりの桜に対する熱が少し冷めてきているのかもしれない。 先週来た時も駐車場所には困ったが、今日もギリギリなんとか道路の端っこにとめて、もし通行する自動車があったらすぐにどかせる準備をして撮影を始める。 さて、オキノ桜。 今日は咲いていてくれましたよ。 しかも、満開だ。 どうやら谷間になっているここでは、天王桜より確実に一週間開花が遅いらしい。 それにしても、せっかく満開なのに、見に来る人もいない。 もったいない。 いやしかし、もしかしたら桜見物の人のおかげで何かしらトラブルでもあったのかもしれない。 だとしたら、ただ咲くだけで、すぐ下の民家を眺めていたほうがオキノ桜としても幸せなのかも。 農道がわから撮影。 あ、今気がついたが、2009年の時はお堂の屋根は緑色だった。 赤いほうが得になるなぁ。 |
仲次郎桜 樹齢約100年のヤマザクラ。 獣医さんであった仲次郎さんが植えて 花を楽しんだ、と書かれた 説明看板が前にはあったらしいが、 今はとりあえず桜の名前の立札のみである。 花。 ヤマザクラなので、緑の葉っぱと一緒。 かなり白っぽく見えた。 空いつぱいに仲次郎桜の花。 これ、たぶん満開なんだと思う。 見あげてみる。 花の密度がちょっと薄い感じ。 幹。 桜っぽくないんだよなぁ。 幹だけで探すと、 きっと見落とす。 幹のそばには桜の名前。 |
続いて、仲次郎桜に向かう。 こちらも先週迷っているので、すぐにたどり着けた。 県道64号ぞいにある案内看板。 花咲の湯から川場方向に進んで200メートルくらい行くと左側にこの看板がある。坂道を下って行く。 坂を下り切って川を渡ってすぐくらいに左側に桜はある。 キャンプ場まで行ってしまったら行き過ぎ。 たどり着いたが、あれ、咲いていない? と、一瞬引いた。 いや、咲いていないのではない。 咲いているが目立たないのである。 つまり、目の高さに花がない。 かなり上を向かないと花に目線が行かないのである。 自動車をおりて、桜を見あげる。 咲いているじゃないか。 花びらが舞っているわけでもなく、蕾が多いわけでもない。 見あげる枝の花の数はあまり多くないのだが、たぶん、これは満開状態だろう。 緑色の葉っぱと一緒に開花するので、ふんわりとは見えないのかもしれない。 よかったよかった。 ついに咲いている姿を見ることができた。 宿題を片付けたような気分だ。 よい気分のまま、みなかみ町に向かおう。 さて、時刻はお昼ちょっと前。 よく国道120号を利用するのだが、前々から気になっていたお店がある。 焼肉レストランあおぞら。 やたら看板が出ているし、やたら豪華トイレをうたっている。 いつか立ち寄ろうと思っていた。 でも、混雑しているのはイヤだしな。 しかしこの日はまだ午前11時。今ならそんなに混雑していないぞ。 ということで行ってきましたよ、「あおぞら」。 地元に愛されて50年だそうで。 ランチ限定の名物上州定食いただきました。 え、この値段でこの量?という内容でして。 大満足でお腹もふくれましたよ。 これが「あおぞら」の沼田店。 上州定食。サラダもたっぷり。ごはんもたっぷり。 駐車場からは河岸段丘が見下ろせる。 見下ろした風景がこれ。何山が見えているのかは不明。 |
民宿本家の桜 樹齢品種不明。 廃業した民宿の入り口の道路わきにある。 ヤドリギや他の植物に絡まれて、 とても痛々しい姿だ。 花。 懸命に咲いているんだけど。 こんなに寄生されてしまっては、 もはや回復もできまい。 |
沼田から高速道路に乘って、みなかみインターで下りる。 ナビの案内するままに、藤原地区を目指す。 まず、一番大きな場所であるはずの明川桜の里を目指すことにした。 しかし、ナビに乗っていない場所だった。 まただよ。 桜巡りをナビ頼りにしてしまうと、常に行き詰る。 これはメジャーだからナビに乗っていて当然と思うと、メジャーと思っているのは桜追いの人ばかり、ということなのである。 またしても藤原の代表地点を入れて案内してもらうしかない。 そもそも藤原地区の桜たちは、大木でも古木でもないものが多い。 一応一本桜としてリストアップされている程度である。 なので、どれだけ見つけられるか、まるで宝探しのようなものだと思っていた。 思っていたが、まず目標点だと思っていた明川桜の里で頓挫するとは。 とにかくナビに案内してもらった代表地点まで行ってみる。 と、あれれ、左折すると宝川温泉という場所まで来ちゃったぞ。 しかも、今まで通って来た県道63号はこの先通行止めになっているぞ。 おいおい、我々、どうしたらいいんだ? 頭の中にあるうろ覚えの地図で、途中にあった右折する道に行くと藤原地区のはずなんだけど、とラーメン店の駐車場で自動車をUターンさせ、やや戻り、川とは反対側の小路に入って行く。 うーむ、細い。 細いが、なんか集落っぽい所に出たぞ。 ちょっと太い道に出たので左折したら、あら、ここはスキー場じゃないですか。 なんか、白樺駐車場、と書かれている。 ここは、探している桜の木がある場所のはずだぞ。 と思っている間に、左側に「民宿本家」と書かれた看板が出てきた。 みんしゅくほんけーーっ。 民宿本家の看板と廃業したらしい民宿。。 ここには桜の木があるはずである。 どうやら民宿本家はすでに廃業している民宿らしく、ひっそりとしてていた。 そして、そんな民宿の桜なので、民宿本家の桜というのも、打ち捨てられた桜のようになっていた。 ヤドリギとかつる植物とか、色々なものに絡まれて、瀕死の状態で立っているようにさえ見えた。 古木であることは確かなようだ。 だが、だれにも世話されず、だれからも見られず。 それでもなんとか花をつけているのが、痛々しくて仕方なかった。 |
白樺ゲレンデの桜 樹齢不明のオオヤマザクラ。 葉っぱが多くなっていて、 花は残っているのもわずかだった。 |
ところで、民宿本家はほうだいぎスキー場の向かいにあって、その白樺ゲレンデにも桜の木がある。 本当に向かいがわだ。 歩いてすぐの場所に桜の木があった。 これ、民宿本家から見た白樺ゲレンデ。 桜は白い建物の前にある。 もうだいぶ葉っぱが目立ち、見ごろは過ぎてしまっているようだ。 古いといってもそれほどの樹齢ではないように思える。 それでも、スキー場になるにあたって、伐採されなかった、もしくはスキー場になるにあたって植えられたかのどっちかだ。 近くに祠などもあり、咲いていたらよく目立っていただろうと思われる。 とりあえず、2本みつけたぞ。 この近くにもう1本あるらしいのだが、そちらはみつけることができなかった。 では、改めて、明川桜の里を探そう。 たぶん、このまま坂を登って行けばいいんじゃなかろうか。 スキー場を右に見ながら坂を登って行く。 が、だんだん民家がなくなって、しまいに林っぽくなってきた。 どうやらこのあたりが上ノ原茅場という場所らしいのだが、その場にいる我々はさっぱり分かっていない。 行ける場所まで行こうとしたら、パッツリと道は通行止めになってしまった。 これはもう、戻るしかない。 どうしたら明川桜の里にたどり着けるんだ? 今度もまたスマホナビに登場願って、案内していただきましたよ。 便利だわ、スマホナビ。 自動車のナビよりもずっとマイナーな場所を知っているわ。 |
明川の豆桜 樹齢約300年のオオヤマザクラの はずだった。 すでに枯死してしまっている。 ちょっとした塚のような場所に立っている。 下に豆桜と書かれているプレートがある。 明川桜の里 地元の方が山を切り開き、 道をつけて、桜を植樹。 賛同する方々の協力もあり、 現在では千本以上の桜が植えられているという。 広い敷地に桜が並ぶ。 こんなふうに並木になっている。 桜の品種は様々。 植樹した人の名前と品種が プレートに書かれてとりつけられている。 |
どこをどう通ったのか、もはや分からない。 大きな道はついに一つも通らなかった。 ここを曲がるの?え、こんな場所を行くの?といった道を案内される。 しかし、我々にはもう頼るのはスマホのナビしかないのだ。 しかし、かなり上から見下ろす形で桜の多い集落をみつけることができた。 あれが明川だ。 もっと全体的にピンクになるほどの桜の里かと思いきや、ちょっとだけ道筋に桜が並んでいる程度である。 桜の里、という案内看板すらない。 しかも、坂を下って集落に入り、桜並木に近づいて行くのだが、駐車できそうな場所が全くないのだ。 ここは民家だしなぁ。ここは道幅が狭いしなぁ。 桜並木も一応道ではある。 自動車が入れないような規制もない。 ので、そっちに行ってみる。 で、桜並木を通ってみる。 いや、駐車できないし。 通り抜けて、集落内の道に戻る。 そして、ここならいいんじゃないかな、という場所に自動車を止めた。 ここに駐車した。 駐車した場所の向かいの民家に猿が来ていた。 桜で遊んでいる模様。何匹もいた。 徒歩で桜並木に入る。 あらまあ、桜一本一本に寄贈した人の名前が書かれている。 たくさんの人が桜を寄せてくれたのだな。 さて、ここに来たのは、豆桜という樹齢300年のオオヤマザクラがあると聞いたからだ。 桜の里の盟主ともいえる桜だ。 実は我が家には豆子という三毛猫がいて、この三毛猫に豆桜の写真を見せてあげたかった。 老猫のこと、古木を見せて長生きしてほしかったのである。 豆桜はどこだ。 豆桜を求めて桜並木を歩く。 どこから来たのか、中国語らしき言語を話す若い女性が3人、自転車で並木を通って、止まっては写真撮影している。 他にも数組桜を見に来ている人がいる。 ちょうど地元のおばあちゃんが散歩に来ていたので、豆桜はどこだと尋ねたら、なんと知らなかった。 え、知らないの、とびっくり。 桜はここにたくさんある。今の季節は賑やかになるんですよ、とのこと。 どちらから来たのかきかれたので、新潟からなんだけど、どうやってたどり着いたのかわからないくらい道に迷った、と言ったら、ずっと先まで行くと県道に出るよと教えてくださった。 ちなみに、我々が明川にたどり着いた道のさらに先にはホテルがある、と言っていた。 ホテル? あとあと調べたら、どうやら水上高原藤原スキー場のホテルのことらしい。 とにかく、豆桜だ。 仕方がないので、桜並木が途切れるまで歩いて行こうと思ったら、右側に塚のようなものがあり、その上に枯れた樹木が立っていた。 ちょっとぞわっとした。 イヤな予感というヤツだ。 当たった。 その足元に「豆桜」と書かれたプレートが立てかけられていた。 豆桜だ。 まるで白骨化したような枝を青空を背景に天に向かって突き上げていた。 力が抜けた。 そこにへたり込みそうになった。 これほど桜でショックを受けたのは初めてだ。 まさか、枯死しているなんて。 しかも、その姿をさらしているなんて。 目の前が真っ暗というのはこのことだと思った。 泣きそうになった。 300年だぞ。 その300年生きた桜がなぜ今死ななければならないのだ。 何があったというのだ。 あとで色々調べてみたものの、豆桜の死因は分からなかった。 2024年までは桜まつりがこのあたりでも行われていたので、たぶんそれまでは生きていたのだと思う。 だが、よく写真を撮られている方の記事では、年々樹勢が衰えていっているとあった。 何か兆候があった時に助けることはできなかったのだろうか。 本当に本当に悔しい出来事だ。 所詮桜でしかないけれど。 でも、なんとかならなかったのかなぁ。 歩くのもイヤになってしまった。 人々に寄贈された若い桜の木たちが華やかに花を揺らしているのが、なんだか恨めしくさえ思えてくる。 豆ちゃんに豆桜の写真を見せてあげられなかったなぁ。 本当に切ないなぁ。 落胆して、自動車に戻る。 細い並木道に自動車で侵入してきた2台がすれ違いで右往左往しているのを見たりして、そりゃそうだろう、などと思ったりして。 後は藤原集落の見残した桜を見ることにしよう。 枯れていなきゃいいなぁ。 おばあちゃんの教えてくれた通りに、道をどんどん進んで行くと、桜並木の終点からややした場所に空地があった。 看板が立っている。 千本桜の里明川の説明看板だ。 平成19年から山を切り開き道を作って桜を植えて、賛同する人たちの手助けも得て千本以上の桜が植えられた、とある。 豆桜のことは一つも触れられてなかった。 どうやら、自動車はこの空地に停めるのが正解らしい。 空地にある説明看板。。 説明看板の隣に子供が書いたらしい桜のイラスト。 空地の広さはこんな感じ。 空地を通り過ぎて、坂道を下ると、県道63号に出た。 ちゃんと県道から明川地区に入る場所には案内があった。 なんだ、あの宝川温泉に行く分岐で戻らずにまっすぐ先に進んでいれば、この案内を発見できたのだ。 そしたら、看板の空き地に自動車を駐車して、問題なく散策できたのに。 桜巡りでありがちなミスは後からわかるものである。 こういうことが起きないように、前もって調べているのになぁ。 調べてもダメなんだなぁ。 |
師入石堂桜 樹齢種類不明。 田んぼの真ん中でお墓を守っている。 「藤左ヱ門の宿」がわから見ると、 こんなふうにV字に見える。 これは前の道を桜を通り過ぎて 振り返った感じの場所から撮影。 そこにしか駐車できる場所がなかった。 細いがふっくらした満開が鮮やか。 遠くの家並みに「藤左ヱ門」が含まれている。 花。 ヤマザクラかな。 葉っぱと一緒に咲いている。 満開ですな。 幹は細い。 そして、色々な石碑が並んでいる。 |
あとは藤原地区の桜を数本拾うだけである。 とはいえ、前述の通り、有名桜でも巨木でもない桜だ。 桜巡りをしている人が紹介しているのをピックアップしているだけである。 つまり、どこにあるのか曖昧なのだ。 一応ざっとした地図を作り、ここいらあたりにあるんじゃないかな、という印はつけてある。しかし、ざっとした地図はざっとした地図。 現地に行ってみたら、高低差などがあり、イメージとは違う風景ということはよくある話だ。 さて、次に向かう桜たちは、明確な目印があった。 「藤左ヱ門の宿」という宿泊施設のそばなのだ。 この宿のパンフレットは道の駅で入手している。 これには電話番号も書いてあって、電話番号でナビに入れることができた。 今度こそ自動車のナビが機能して、無事に「藤左ヱ門の宿」に連れて行ってもらえた。 では、桜は? この宿から一本違う道に2つの桜があるはずだ。 田んぼを挟んで向こう側、つまり宿の裏側の方向に自動車を進めてみる。 いやもう、これは農道でしかない。 本当に細い道だ。 しかし、田んぼの向こう側の道に出て左側に桜の木が立っていた。 あれだな。 他にない。 そちらに向かって自動車を進める。 わぁ、道、細い。 こりゃ路駐にしても、すれ違いもできない。 なんとかギリギリ駐車できる場所をみつけて、桜に近づく。 ふうむ。 この桜かどうかは分からないが、実に見栄えのする桜だ。 なにせ、遮るものなく、1本だけすっくと立っている。 足元にはお墓。 墓守の桜だ。 この桜がなんという桜が、お墓の文字で探ろうとしたが、どうもよく分からない。 この桜が師入石堂桜と分かったのは、帰宅してさんざん調べた結果である。 なんだか、藤原地区に入って、やっとまともな1本桜を見た感じだ。 満開だし。 周辺も広々と開けているし。 空、青いし。 墓守の桜なれど、晴れ晴れとした気分にさせてくれた桜だ。 墓の土地だけど、お邪魔させてもらって、ぐるっと桜を鑑賞した。 1本桜ではあるが、たぶん古木ではないと思う。 100年はたっていてないんじゃないかな。推測だけど。 でも、この木に会えてよかったと思う。 これからもずっと元気でいて欲しい。 |
原吉野家の桜 樹齢種類不明。 オオヤマザクラという説もあるが、 この時期ですでに緑の葉っぱが濃いので、 オオヤマザクラではないと思われる。 ズン、とした幹。 ねじれていて、風格がある。 すでに蕊のみになっている花。 咲いていれば、樹勢も豊かなので、 ふんわりと見事だと思う。 |
師入石堂の桜のそばにもう一本桜があるはずだ。 地図にはほぼ隣くらいに原吉野家の桜があるはずだ。 首をめぐらす。 ちょうど「藤左ヱ門の宿」から裏の道に出るために通った道が裏の道に交差する場所に実は塚のような場所があり、こんもりとした緑になっていた。 その塚の裏がわあたりに小さな山桜らしいピンクが見えたので、そっちに行ってみようということに。 その小さな桜に近づくためには塚に登らなくてはならない。 ちょうど踏み跡もあるし。 どうもこの塚もお墓みたいだ。 いくつかの石塔などが塚の上に並んでいる。 お邪魔しますと踏み跡に入る。 あれ、この緑。 見あげると蕊のような赤いものがある。 あ、これ、桜だ。 これから実になりそうな花の終わった蕊(しべ)があるのである。 見ると、幹がねじれてうねって、とても立派な木だというのがわかる。 これがきっと原吉野家の桜なのだ。 きっと早く咲く桜なのだろう。 見るとお墓は、「原」の文字が見える。 間違いない。 この桜が咲くのを想像すると、周りにはまだあちこちに雪が残っている頃なんじゃないだろうか。 今こんなに緑が濃いんだもの。 春を告げる桜なのだろうな。 |
雷電桜 樹齢約200年のオオヤマザクラ。 横に倒れている小さな鳥居がなければ 発見できなかった。 この写真では枯れているように見えるが、 しっかり花を咲かせている。 足元の石の祠が たぶん雷電神社なのだと思われる。 これが祠。 文字が書いてある看板は、 境界線を壊したりするな、という注意書き。 花。 生きている枝には豊かに咲いていた。 こんな感じ。 がんばって生きてますよ。 |
続いて雷電桜という魅力的な名前がある桜を探すことにした。 どうやら雷電神社という神社にある桜らしい。 と、いうことで、事前にGoogleマップで雷電神社の場所を特定しておいた。 どうやら「みなかみほうだぎキャンプ場」の手前にその神社はあるらしい。 藤原集落から県道63号に出る。 出た場所が「師入」というバス停だった。 あ、なるほど、だから師入石堂の桜というのがあるのか、地名だったのか、とここで分かる。 ところで、このバス停のそばには「大滝沢稚児桜」という桜があるはずだが、さっぱり分からなかった。 これじゃないか、という木があったのだが、すでに花が散っていて、確定はできなかった。 さて、雷電神社である。 師入バス停からトンネルを抜けると武尊橋バス停になる。 ここから県道63号から分かれる道がキャンプ場への道だ。 どちからというと「裏見の滝」への道案内のほうが目立つ。 とにかく「裏見の滝」方面へと進めばよい。 まず、そこから細い道をずんずん進み、「どうぞの森」と書かれた看板の場所で分岐するが、そこにも「裏見の滝」の案内があるので、そっちに進めばいい。 私としては、きっと雷電神社はみつけられないだろうから、裏見の滝を見てお茶を濁せばいいかな、くらいに思っていた。 しかし、ここは桜追い。 注意深く雷電神社を探す。 探す・・・が。 無いんだ、これが。 ホントーに無い。 キャンプ場の手前にあるはずなのだが、とても立派な広いキャンプ場が出現してしまった。 まあ、裏見の滝という保険があるので、キャンプ場を通り越して、やっぱりそれでも雷電神社を探しつつ自動車を進める。 むむ、左側に広い駐車スペースが出て来たぞ。 その先まで進んでみたら、「武尊神社」が出てきて、道は行き止まりになってしまった。 おいおい、裏見の滝は? 仕方がないので、自動車をさっきの駐車湖スペースに戻す。 どうやらそこは武尊山の登山者用の駐車場らしかった。 よくよく見ると、その向かい側に裏見の滝への遊歩道の入り口があったのだが、ガッチリと立ち入り禁止のロープが張られていた。 たちいりきんし〜? 理由は分からないが、とにかく行ってはいかん、とのこと。 遊歩道が崩れたか、熊の心配があるのか。 保険が崩れていく。 裏見の滝の遊歩道の入り口。 黄色い立ち入り禁止のテープがはられている。 こうなったら、意地でも雷電神社を探すしかない。 そんなワケで、とにかく慎重に辺りを見回しながらキャンプ場まで戻る。 ここまでには雷電神社は無い。 だが、Googleマップで調べた時は、県道からキャンプ場に至る手前に雷電神社があるはずなので、むしろこれからのほうが大事である。 と、キャンプ場を通り過ぎてすぐのこと。 本当にすぐだ。 なんと、小さめの鳥居が倒れていた。 鳥居? つまり、神社? 足元にとても小さな祠もあちた。 さらには、道路わきに桜の木もあった。 古木というには細いが、確かに桜である。 怪しい。 キャンプ場のほんのそばなので、キャンプ場の駐車場に自動車を入れて、徒歩で調べてみることにする。 鳥居。倒れている。 立っていても、人が屈まずになんとかくぐれるくらいの小さな鳥居だ。 普通鳥居には神社の名前が入っているが、無い。 足元の祠。 これにも無い。 ただ、境界線を倒したり壊したりしないように注意する看板があるだけである。 左奥に鳥居が倒れている。 石の祠は本当に小さい。 これなのかなぁ。 たぶん、これが雷電神社なんだろうなぁ。 キャンプ場の側面に沿うような感じで、小径がついてはいたが、人が通った感じは無かった。 小径に少し入って、ちゃんと神社の神殿でもないかと探してみたが、まったく気配もなかった。 つまり、道路わきのあの小さな石の祠が雷電神社なのだろう。たぶん。 そして、それを守っているのが、雷電桜なのだ。 ヤマザクラである。 幹のねじれた感じは古いのかも、とも思わせられる。 しかし、全く手入れもされていない放置状態の桜だ。 朽ちるがままにされている。 いや、朽ちてはいない。 ちゃんと生きている枝にたくさんの花を咲かせている。 なんとも、切ない光景だった。 神社もそれを守る桜も人とともにある。 人が守らなくなったら、少しずつ気配を消していっていくしかない。 その現実をまざまざと見せられた気がした。 これにて、本年の桜追いは終了である。 群馬にこだわり、群馬の桜たちを追った桜めぐり。 しかし、今年の桜めぐりは学ぶことが多かった。 桜を見て桜を喜ぶというのは、人の為す行為である。 その機運が盛り上がり、特定の桜を持ち上げるのも人の為す行為だ。 それによって、良くなる事も悪くなることもあるだろう。 そのどちらもまた、人の為すことである。 自然に生まれて育ってきたものを見て喜び、それを持ち上げて奉ることは悪いことではない。 ならば、ずっと奉り続けて欲しい。 桜が美しいからと、新しい桜を植えるのも悪いことではない。 ならばずっと面倒見続けて欲しい。 人が関与したものは、人でしか維持し続けられない。 今回の群馬は、そんなことを感じさせられた桜めぐりだった。 |